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【アラベスク】  第11章 彼岸の空



第3節 湖面の細波 [15]




 目の前を、同じ年頃の少年二人が横切っていく。金色の痛んだ髪が重苦しい。
 唐渓には、あんな生徒はいないんだろうな。
 同室の少女は、まだコンビニからは出てこない。一緒に買い物に行かないかと誘ってくれた。断る事がほとんどだったが、今日は誘いを受けた。沈んだ気分とツバサに会いたいという焦りが混ざり合い、唐草ハウスの喧騒もなんとなくウザったく感じていた。
 それに、このところ里奈は外出をそれほど嫌だとは思わなくなった。それどころか、時々ふと外に出てみたいと思うようになっている。
 美鶴に逢ったからだろうか? 少し前までは、門の外を見るのも怖かったのに。
 ぼんやりと手の中で携帯を弄び、少々待ちくたびれてコンビニの店内を覗こうと身を乗り出したのと、少年が出てくるのがほぼ同時。目が合い、お互い硬直した。
「田代」
「こっ 金本(かねもと)、くん」
 里奈は思わず視線を逸らし、その態度に金本(さとし)は眉を潜める。
「っんだよ、その態度」
 里奈は無言で唇を引き締める。
 やだぁ サイアク。どうしてこんなところで小竹くんに会うわけよ。
 思わず小竹(こたけ)という名字を口にしそうになり、なんとか金本と言えた自分を褒めてみるが、それでも気分は落ち着きそうにない。
 どうしてこんなところに? ひょっとして、美鶴に会いに来たとか?
 そこで里奈は、子犬のような円らな瞳を少し見開く。
 金本くんって、美鶴の家を知ってるのかな?
 そっと、上目使いで相手を見てみる。
「何だよ?」
 うわぁ、もし知ってたとしても、聞けない。絶対にこの人には聞けない。
 もはや視線を逸らす事もできず、一歩後ろに下がってギュッと両手を胸で握りしめる。そんな里奈の態度に、聡は舌を打った。
「無視かよ」
 地面へ向かって吐き出すように呟き、手に持っていた清涼飲料水のペットボトルを口に当てる。そのまま一気に半分ほどを飲み干す。
「とことんムカつくヤツだな」
 乱暴に口を拭う。
「何だよお前、何でこんな所にいるんだ? どっかの施設にでも閉じ篭ってんじゃなかったのか?」
「そそ、そんな事」
 そんな事は関係ないでしょ、の一言すらも出てこない。脅えた小動物のような態度が、いっそう聡の苛立ちを誘う。
「あぁ サイアク、今日はツイてない日かもな」
 当て付けるように声を大きくし、ギロリと里奈を睨み付ける。
「こんなんじゃあ、美鶴にも会えないかもな」
「み、美鶴に?」
 やっぱり美鶴に会いに来たんだ。きっとここからなら、歩いて行けるんだ。
 だが、思わず反応してしまった里奈を、聡はそれまで以上に剣呑な視線で睨み脅す。
「お前には関係ねぇだろ」
 そうして、ふと何かを思いついたかのように小さな瞳を細めた。
「お前、まさか美鶴と会ったりしてねぇだろうな?」
「え?」
「この状況に乗じて昼間に美鶴と会ったりしてねぇだろうな」
「え? そ、そんな事」
 なんでそうなるのよ。だいたいこの状況って何? 昼間に会うって、そんな事無理だよ。だって美鶴は昼間は学校行ってるから。
 そこで里奈は口を半開きにした。
「あ、自宅謹慎」
 そうか、美鶴は学校から自宅謹慎を言い渡されてるんだった。
 今まで忘れていた自分に呆れる。マヌケにポカンと口を開ける里奈の表情に、聡は不愉快そうにため息をついた。
「やっぱり知ってやがったか。涼木にでも聞いたのか?」
 コクリと頷く里奈に、再びチッと舌を打つ。ペットボトルを口に押し当て、今度はゴクリと一度だけ喉を鳴らしてフーッと息を吐いた。
「だったら話は早いな」
 まるで死刑宣告の前触れでも予感させるかのような、太く深く、這うような声。
「美鶴には絶対に会うなよ」
「え?」
「前にも言ったが、お前は美鶴にとっては邪魔なだけだ。しかも今の美鶴は学校から無茶を言われて大変な事になってる。お前なんかに出てきてもらって、美鶴にこれ以上負担はかけたくない」
「負担? 私が?」
 問い返す里奈の前に聡はグッと拳を握る。
「そうだよ。お前、自分がいかに邪魔な存在か、まだわかってねぇのかよ?」







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